ぱぶさんの旅行記
テーマ:イベント・祭り
旅行記タイトル:ジェラッシの野外ローマン・シアター(南劇場)で夜間オペラ観劇
旅行期間:2006/06/08〜2006/06/08
旅行記の内容:当地の金曜休みの前日の夕(花もく)に今年(2006)初のオペラ上演があり、どんなものか見に行きました。
8時開演で先ず、第一部オペラ歌手による歌の披露があり、ここには日本人ソプラノ歌手の Hiroko Kouda さんが他の2人と歌を競うと言った Musical Comedyがありました。
中間に10名からなるローマ軍団の服装の兵士の“良くいらっしゃいました”の歓迎幕間挨拶、続いてトルコ軍楽隊ドレスの8名位の楽士のドラム・マーチでの行進がありました。
この様な当地のしきたりに従い、第二部でオペラ「Abu Hassan」と言う、アラビアンナイトからとられた喜劇オペラがありました。
この野外劇場は正にジェラッシの栄えていた紀元200年頃のものですから、なかなか壮大です。
3、000人の収容能力ですが、多少ゆっくり席についていたのでこの日は2千数百人くらいの観客だったかと思います。
7月から8月にかけて行われるジェラッシュ・フェスティバルのさきがけでした。
ぱぶさん達も野外ローマン・シアターでの観劇がどの様な雰囲気のものか様子見を兼ねて行ったものです。
その結果、大変有意義な文化祭典を楽しませてもらいました。
写真:当地の金曜休みの前日の夕(花もく)に今年(2006)初のオペラ上演があり、どんなものか見に行きました。
8時開演で先ず、第一部オペラ歌手による歌の披露があり、ここには日本人ソプラノ歌手の Hiroko Kouda さんが他の2人と歌を競うと言った Musical Comedyがありました。
中間に10名からなるローマ軍団の服装の兵士の“良くいらっしゃいました”の歓迎幕間挨拶、続いてトルコ軍楽隊ドレスの8名位の楽士のドラム・マーチでの行進がありました。
この様な当地のしきたりに従い、第二部でオペラ「Abu Hassan」と言う、アラビアンナイトからとられた喜劇オペラがありました。
この野外劇場は正にジェラッシの栄えていた紀元200年頃のものですから、なかなか壮大です。
3、000人の収容能力ですが、多少ゆっくり席についていたのでこの日は2千数百人くらいの観客だったかと思います。
7月から8月にかけて行われるジェラッシュ・フェスティバルのさきがけでした。
ぱぶさん達も野外ローマン・シアターでの観劇がどの様な雰囲気のものか様子見を兼ねて行ったものです。
その結果、大変有意義な文化祭典を楽しませてもらいました。
ジェラッシはヨルダンの首都アンマンの北、約50kmにあります。
紀元前64年にローマ植民地に吸収され、以後ローマの連合デカポリス(10大都市)の一つとして、人口も最盛期2万5千人と大いに繁栄した街であった。
ここにはローマン・シアターの他にも神殿やフォーラムと言った昔のままの遺跡が沢山(街全体)残っています。
このスナップはジェラッシの一部です。
ジェラッシには野外劇場(ローマン・シアター)は北と南の2つがあります。
今日オペラのある劇場は南劇場です。
アンマンを6時に出発して7時過ぎに着きました。
いつものジェラッシ正門に当たるハドリアヌスの凱旋門とは違って、劇場近くの駐車場を降りたところより入りました。
(オペラ+往復バス代で10JD)
会場入場まで少し時間がありましたので、夕方のと言っても明るいジェラッシを少し散策しました。
劇場入り口の前には華麗な槍と盾に甲冑と言ったローマ軍団の兵士の服装の人々が列を成しています。
赤い絨毯の奥が劇場への入り口です。
同じく、こちらはトルコ軍楽隊ドレスの楽士が列を成しています。
彼等は昼間の観光客向けのローマン・シアターでの演奏家たちです。
やっと会場に入りました。
ぱぶさんたち5人は中央よりの前から3列目くらいの席に着きました。
そして始まる前のちょっとの時間でしたが、同僚夫人の差し入れのおにぎり等、ご馳走を頂きました!
観客は地元民と言うよりカラフルな服装のヨーロッパ・アメリカ人が多かった様です。
最初は第一部の音楽から始まります。
ミュージカル・コメディーで Hiroko Kouda さんが他のソプラノ歌手(Dima Bawab) とバリトン歌手(Pierre-Yves Pruvot) と歌の競演を面白おかしく行うのです。
このスナップの真ん中の白いドレスの女性が Hiroko Kouda さんです。
これはバリトン歌手の Pirre-Yves Pruvot さんです。
第二部のオペラ”Abu Hassan”が始まります。
ストーリーはアラビアン・ナイトからとられたものです。
借金取りに追われ窮した Abu Hassan と妻の Fatima は思案の末、一芝居を打つのです。
まず、 Abu Hassan が妻 Fatima が亡くなったとカリフに訴え、借金の証文を支払ってもらいます。
次に妻の Fatima がカリフの奥さん Zobeide に夫の Abu Hassan が亡くなったと言って、借金の証文を支払ってもらう。
最後には、カリフは一体全体どうなっているのだ、説明できるものに褒美を取らせると言うと、死んだ振りの Abu Hassan と妻 Fatima の二人がベッドから起き上がると言うドタバタ劇である。
最初の音楽と踊りの風景。
借金の証文を見ながら Abu Hassan と Fatima が思案しているところ。
”良いこと思いついたよ”と言った二人の様子か?
これは妻 Fatima が カリフの奥さん Zobeide に夫 Abu Hassan が亡くなったと訴えているところ。
カリフとその妻 Zobeide が周りの皆に”一体全体どうなっているのだ”と言っているところ。
全てが終わり、全員がアンコールに応えているところ。
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